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「大学生になって待ってるよ」

 

本日も小説を書いてみましたww

 

今回は7%ぐらい実話の93%ほどフィクションなので誤解のないように...

 

春の終わりだった。

福岡の街には、少しだけ湿った風が吹いていて、教室の窓から見える空は、もう夏の入口みたいな色をしていた。

その日も、福岡校にはいつも通り生徒たちの声があった。
問題を解く音。
椅子を引く音。
小さなため息。
笑い声。

その中に、いつも並んで座る二人の女の子がいた。

同じ高校の2年生。
いつも一緒に来て、いつも一緒に帰る。
性格は違うのに、不思議なくらい仲が良かった。

片方の子は、誰が見ても優秀だった。
勉強ができた。頭の回転が速かった。
目標もはっきりしていた。
「この大学に行く」
そう言ったときの目は、まっすぐで、少しも迷っていなかった。

もう片方の子は、正直に言えば、成績は厳しかった。
定期テストでも下の方。模試でも思うような結果は出ない。
本人もそれはよく分かっていて、答案を返されるたびに悔しそうに笑っていた。

「うわ、またやった。ほんと私、勉強向いてないかもしれん」

そう言いながらも、その隣にはいつも彼女がいた。

「向いてないんじゃなくて、まだやってないだけ」
「大丈夫。ここからでしょ」

成績の良い彼女は、決して見下したりしなかった。
分からない問題があれば隣で教え、落ち込んでいれば背中を押した。
二人の関係は、ただの仲良しという言葉では足りなかった。

支える側と支えられる側。
けれど、本当はきっと、どちらもどちらを救っていた。

突然だった。

あまりにも突然で、誰もその現実をすぐには理解できなかった。

成績の良かった彼女が、重い病気を患った。

最初は「少し休むらしい」という話だった。
けれどそれは、そんな軽いものではなかった。
長期の入院。
1
年。

高校2年生の1年。
それは受験生にとって、あまりにも大きい時間だった。

将来を決めるはずの時間。
積み上げるはずの時間。
進み続けるはずの時間。

それを、病室の白い天井の下で過ごさなければならないという現実。

どれほど悔しかっただろう。
どれほど怖かっただろう。
どれほど、何度も「なんで自分が」と思っただろう。

塾に来られなくなった彼女の席だけが、ぽっかり空いた。

いつも隣に座っていたもう一人の子は、その席を見つめるたびに、何かを飲み込むような顔をしていた。

ある日、その子は面会に行った。

病室で再会した二人は、少しだけ笑って、少しだけ沈黙した。

元気そうに見せようとする側と、明るく振る舞おうとする側。
どちらも優しかった。
だからこそ、余計につらかった。

しばらくして、病室のベッドの上の彼女が、小さな声で言った。

……ごめんね」

その言葉に、もう一人の子はすぐ首を横に振った。

「何に対して?」

「約束してたじゃん。同じ時期に受験、頑張ろうって」
「私、たぶん……みんなより1年遅れる」

その瞬間、彼女の目から涙がこぼれた。

悔しかったのだと思う。
悲しかったのだと思う。
怖かったのだと思う。

病気そのものももちろん苦しかっただろう。
でもそれ以上に、自分だけ時間から置いていかれることが、きっとたまらなく苦しかったのだ。

そこで、成績が悪かったその子は、泣きながら言った。

「じゃあ、私が先に行く」

 

嗚咽で声が震えていた。
それでも、言葉だけははっきりしていた。


「私、大学生になって待ってるよ」

 

一瞬、病室の空気が止まった。

「だから、絶対また来て」
「絶対、ここまで来て」
「私、待ってるから」

そして、泣きながら、何度も何度も言った。

「一人で行ったりしない」
「ちゃんと待ってる」
「だから、今は病気と戦って」
「次は、あんたが来る番やけん」

そのベッドの上で、彼女は声をあげて泣いた。
もう一人の子も、ぐしゃぐしゃになって泣いた。

約束、だった。

それからだった。

成績が最底辺だった彼女が、本当に変わったのは。

今までの彼女なら、できない問題の前で止まっていた。
分からないまま、どこかで諦めていた。
「私には無理」
そうやって、自分で自分に線を引いていた。

でも、その日から彼女は違った。

授業が終わっても残る。
次の日も来る。
分からない問題を何度も聞く。
できるまで帰らない。

泣きながら解いた日もあった。
悔しくて机を握りしめた日もあった。
模試の判定を見て、心が折れかけたことも一度や二度ではなかった。

それでも彼女はやめなかった。

なぜなら、自分のためだけではなかったからだ。

病室で、未来を失いそうになりながらも必死に笑った友達のため。
あの日、自分の前で「ごめんね」と言わせてしまった、あの子のため。
そして何より――
「大学生になって待ってるよ」
そう言ってしまった自分の言葉を、嘘にしたくなかったから。

人は、誰かのためなら、ここまで強くなれるのかと思った。

勉強が得意だったわけじゃない。
最初から才能があったわけでもない。
けれど、覚悟だけは本物だった。

偏差値が少しずつ上がった。
判定が変わった。
表情が変わった。
姿勢が変わった。
言葉が変わった。

そして受験の日。

彼女は、かつて友達が目指していた大学を受けた。

簡単な戦いではなかった。
何度も不安に押しつぶされそうになった。
「本当に私なんかが受かるのか」
そう思った夜も、きっとたくさんあった。

それでも、彼女は最後まで走り切った。

そして――合格した。

合格発表を見た瞬間、彼女はその場で泣き崩れたという。

嬉しかったからだけじゃない。
ようやく、約束のスタートラインに立てたからだ。

すぐに彼女は連絡をした。

「受かった」
「先に行く」
「でも約束通り、待ってるけん」

返ってきたメッセージは短かった。

「ありがとう」
「絶対行く」

その文字の向こうで、どれだけの涙が流れたのだろう。

それから1年。

退院した彼女は、戻ってきた。

決して簡単ではなかったはずだ。
失った1年を前に、焦りもあっただろう。
体調の不安もあっただろう。
周りは先に進んでいる。自分だけ遅れている。
そんな苦しさは、言葉で片づけられるものではない。

でも彼女は、下を向かなかった。

猛勉強した。

病気に奪われた1年を、言い訳にしなかった。
遅れたことを、諦める理由にしなかった。
悔しさも、焦りも、不安も、全部勉強に変えた。

「待ってる」
あの言葉があったから。

大学生になった友達は、本当に待っていた。
ときどき連絡をして、勉強の相談に乗り、励まし、背中を押した。

「大丈夫。あんたなら行ける」
「次はこっちに来る番やろ」
「早く同じキャンパス歩こうや」

かつて支えられていた側が、今度は支える側になっていた。

そうして迎えた、2度目の春。

彼女もまた、同じ大学の合格通知を受け取った。

長い闘いだった。
本当に長い闘いだった。

病気と戦い、時間と戦い、自分自身と戦った。
一度は止まってしまった時計を、もう一度動かした。

合格を伝えたとき、電話の向こうで最初に聞こえたのは、言葉ではなかった。
泣いている声だった。

……やっと来れた」

しばらく沈黙があったあと、先に進学していた彼女が、同じように泣きながら言った。

「遅いっちゃね」

笑いながら、泣きながら。

「でも、ちゃんと来たやん」

そして、声を詰まらせながら続けた。

「ずっと待っとったよ」

 

その一言に、1年分の涙が全部入っていた気がする。

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